昭和52年、龍太郎は会長に就任。太陽工業は各地で開かれるようになった博覧会の施設のほか、今年6月に20カ国・地域首脳会議(G20)サミットが開かれる国際展示場「インテックス大阪」など恒久的な建築向けの膜面構造物も手がけた。さらに70年万博から18年後の昭和63年、国内第1号のドーム球場である東京ドームが完成して以降、各地のドーム形の球場や競技施設にも同社の技術が採用されている。
龍太郎が平成18年、腎不全のため83歳で死去するまでに、太陽工業は米最大の膜構造物企業、バードエアー社を子会社化し、「世界一のテント屋」となった。その後も英グリニッジに世界最大の「ロンドン・ミレニアムドーム」を完成させるなど飛躍を続ける。われわれに日々のエネルギーをもたらす太陽のように。