子孫であるということは、それだけでそのような場に存在する意味があるのだとは思うが、政治ジャーナリストとしては、光秀を題材とした仕事をする機会に、どうしても現代の権力構図を考えずにはいられない。「なぜ光秀は、主君・織田信長を討ったのか」ということが、歴史のミステリーといわれているが、それこそが、主従関係を意識するが故の発想であり、現代のあらゆる集団の構図の中にも通じる要素があるということに、多くの人が意識していると思うのである。
織田信長にとっては、まさか側近中の側近の光秀によって、自分の命の終焉を迎えることになろうとは、夢にも思わなかっただろうといわれている。拙著の中で対談した歴史学者・本郷和人氏も、ブラック企業の経営者は、自分のところがブラックだとは思っていないと、その自覚の足りなさを指摘している。信長も、意表を突くように側近に刺されたことは、部下(家臣)の働かせよう(接し方)が、まさに現代のブラック企業に相当するものであったことは、ある程度想像できるのである。
信長・光秀の時代の主従関係の厳格さは、現代のそれ以上であろうが、現代でも、組織の上下関係の厳しさは、ある意味、日本の文化であると言ってもいいだろう。そうであれば、本能寺の変のような出来事、信頼していた部下によって人生を狂わされるようなことも、今の日本でも起こり得ることであると考えなくてはならない。特に、「物を言わない」文化が蔓延する日本社会では、誰からも反感や反対を持たれていないように思われても、実は内心は、相当の反発を抱かれていることもあるということだ。