話の肖像画

本気で仕事をしたか、失敗続きだった海外出店 ファストリ・柳井正氏(3) (1/3ページ)

 失敗続きだった海外出店

 〈常識にとらわれないやり方で、売り上げを伸ばしてきた。創業当時の衣料品小売業界はメーカーからの「委託販売」が主流で、売れ残れば返品できるが、粗利益は低い。委託販売以外の方法を模索して、香港の衣料大手ジョルダーノの創業者、ジミー・ライ氏を現地に訪ね、自主企画商品をメーカーへ製造委託し、全量買い取って価格決定権を握る「製造小売業(SPA)」の手法を学んだ。リスクは高いが、経営の自由度は上がり、収益率も高まった〉

 昭和60年のプラザ合意以降、円高が進み、メーカー品やブランド品が国内で安く売られていいはずなのに、そうならなかった。そんなときに視察に訪れた香港で「ジョルダーノ」のポロシャツが目に留まりました。低価格の割に品質がいい。ライ氏に会いに行き、商売に国境はなく、製造と販売には境がないことを学んだ。彼とは年齢が同じで、僕にもできない訳はないと思った。その後、香港で商売を始めたときは、毎週のように香港に通っていました。

 ライ氏はその後、日刊の香港紙、蘋果日報(アップルデイリー)を立ち上げました。独自の取材などに基づいて、いろいろな記事を発信しているようです。

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