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輝き失せぬ知的ヒーローの半生記 欧州文化の「全体的」解釈を今読むと… (2/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 実は、2008年、ぼくが『ヨーロッパの目 日本の目』という初めての自著を上梓する際、帯の推薦文を書いて欲しい人がいるか、と出版社より問われた。ぼくは、真っ先に「加藤周一さんにお願いできますか?」と打診した。

 ぼくはビジネスパーソンが異なった文化をどう理解すればよいのか、欧州文化を例に本を書いた。各国の事情に詳しい人はそれなりにいるが、欧州全体となると殆どいなかった。かつて欧州を語った人も、もうこの世にいなくなっていたのだ。そういう点からも、加藤周一をおいていないと考えた。彼がダメなら、推薦文は要らない、と。確か2008年8月か9月頃だったろうか。

 結局、帯は推薦文なしで、その年の11月末に本は出版された。そして1週間も経たぬ12月5日に加藤周一は亡くなった。出版社の方が打診してくれたとき、加藤周一の奥さまを通じて「入院中の身で、残念ながら原稿を読めるような状態ではありません」との返事を頂いていたのである。

 それほどに、加藤周一は「ぼくにとって近しい人」だった。大学構内で見かけたことはあるし、知人で彼を知っている人はいたが、直接お話したいとは思わなかった(その頃、ヒーローと話をするのは怖すぎた!)。本から得る語りで十分だ。それでも「ぼくにとって近しい人」だったのである。

 彼の自伝を繰り返し読んできて、ぼくの読み方も変わってきた。高校生の頃は、批判の余地のまったくない憧れの対象としての加藤だった。ぼくが欧州に住み始めたのは、彼がパリに留学したのと同じような年齢であり、彼の欧州文化の「全体的な」解釈にはとても学ぶところが多かった。

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