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スニーカーでもOK…カジュアルなミラノの葬儀に思う「これでいい」 (2/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 そういえばと思い出すのだが、成熟した年齢の大人であっても「墓は怖いから行きたくない」と公然と話し墓参りをしない人もいる。多くはないが、「そんなの聞いたことない!」と驚くようなことでもない。

 知人・友人の死にまつわることで何となくしっくりこないものを感じるのであれば、そのことを他人に話すのを控える必要はないし、そこを無理して葬式や墓参りをする義理は考えなくていい。いや、亡くなった人の20代の孫でさえ、そのような台詞を吐露していたのを覚えている。

 いずれにせよ、ぼくは経緯を詳しく知らないが、葬式のカジュアル化が進んできたのは確かだ。今は誰でもその時の気持ちに率直に従い、そのままの服装で教会に向かい、名前を残したければ記帳するだけだ。

 前述したように香典があるわけではないので、教会の入り口に誰かが立っていることもない。

 およそ1時間のミサに参列し、時間の余裕があれば、教会の前で霊柩車の出発まで近しい人と雑談し、喪主やその親類にお悔やみを言う。そして拍手でお棺を見送る。

 葬式の特徴をもう少し記述するとすれば、亡くなった家族や親類たちがサングラスをかけている場合があることだろうか。疲れもたまっているだろうし、涙をみせたくないのかもしれない。

 サングラスの使い方がよく分かる。

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