しかし原子炉で得られるエネルギーは莫大であり、それを電気推進に転嫁すれば、大型機を航行させるための十分な推力が得られる。太陽電池パネルも不要となり、太陽光が微弱な深宇宙への航行にも有利となる。
露ロスコスモス(米国におけるNASAに該当)のCEOであるドミトリー・ロゴージンによると、「ゼウス」は太陽系内の他の生物を主な目的としつつ、通信、放送、中継、月輸送、さらには防空システムとしても利用できるという。ロシアはこの新型宇宙船を2030年に、ヴォストーチヌィ宇宙基地から打ち上げることを目指している。
この宇宙船ゼウスは、「宇宙船(Space Craft)」と呼称されているが、有人宇宙船ではない。ただし、「宇宙タグボート」として、有人宇宙船がドッキングし、その推進システムとしての役割を果たすことが可能だ。2030年に予定している初号機は、無人ミッションになると予想される。
その予定軌道は、地球から打ち上げ、まずは月を経由して、その後、金星へ向かい、その際の重力アシスト(フライバイ)によって木星(とその衛星)に到達するとされている。宇宙飛行士が帰還することまでを考えたミッションとは思えないプランだ。
また、ロスコスモスの一機関であるKBアーセナル兵器設計局の資料によると、ゼウスは電磁パルス兵器や戦闘用レーザーを装備し、他の宇宙船を攻撃できることが示されている。
かつて旧ソビエトは、世界初の宇宙ステーション「サリュート」を1971年に打ち上げた。単モジュール式の同ステーションは、11年間で7号まで打ち上げられたが、うち3機(2号、3号、5号)は軍事用で、旧ソビエト内では内々に、別名「アルマース」と呼称された。3号は機関砲も搭載していて、運用が終わった自国衛星の撃墜にも成功している。ロシアの思考は、半世紀経たいまも変わらない。
米ソの核熱推進装置の黎明期
宇宙における原子力推進は、これまでにも実用化されてきた。
アメリカでは、NASAが設立される以前の1950年代から、米原子力委員会(AEC)などによってローバー計画が推進された。その舞台となったのは、原子爆弾を開発したロスアラモス研究所だ。
この計画で開発された核熱ロケットエンジン「ネルヴァ」は、有人火星探査での使用を視野に入れていた。実際に製造され、ネバダ核実験場で実証試験まで行われ、一定の成果を見るに至ったが、1972年には同計画の活動が停止されている。一時期には、アポロ計画で使用されたサターンVロケットの上段に核熱ロケットを搭載することが検討されたという。
旧ソビエトが1977年に打ち上げた偵察衛星「コスモス954」(質量3.8トン)には、原子炉が実際に搭載されていた。敵国の船舶を監視するこの衛星は、約50kgのウランを搭載。その運用が停止される際には、原子炉を分離し、高度の高い軌道へ投棄するはずだったが、システムの不具合によってそれができず、結果、機体とともに大気圏に再突入し、カナダ北部に落下した。これによって旧ソビエトはカナダ政府に300万カナダドルの賠償金を支払っている。1982年には同類の偵察衛星「コスモス1402」が打ち上げられたが、こちらも原子炉の分離に失敗。ウラン235とともにインド洋に落下した。
NASAによる「放射性同位体熱電気転換機」の実用化
こうした時代を経て、いま核熱装置は宇宙機において欠かせないものになっている。その効果が顕著なのは、NASAにおける惑星探査だ。
NASAが1977年に打ち上げたボイジャー1号と2号は、プルトニウム238を燃料とした「放射性同位体熱電気転換機(RTG)」を搭載している。これはプルトニウムの放射性崩壊から電気を取り出して発電するシステムだ。
ボイジャー1号は現在、太陽から23兆4260億km離れている(5月31日時点)。これは光でも21時間35分掛かる距離だ。つまり海王星の公転軌道よりはるか外側であり、太陽風が届く領域「太陽圏」さえも脱している。ボイジャー1号は現在、もっとも遠い場所にある人工物とされている。
もしこの探査機が太陽光パネルの発電に頼る宇宙機であれば、その運用は20年前に終了していただろう。太陽から離れれば離れるほど、発電効率が悪くなるからだ。
しかしボイジャー1号は、打ち上げから45年経過した現在も飛び続けている。いまも微弱な電波を発し続け、現在位置における宇宙線量のデータをNASAに送り続けているのだ。これを可能にしたのは核エネルギーだ。