「大戸屋HD」社長室で“内紛の修羅場”…創業家のトンデモ行動にあぜん「息子を社長に」
定食店「大戸屋ごはん処」を中心に飲食事業を展開している大戸屋ホールディングス(HD)で創業家と会社側の対立が続いている。今月3日には5月に対立が表面化してから初めて窪田健一社長が会見し、「無用な対立はすべきではない」と表明したが、解決の糸口は見つからないまま。それだけ両者の溝は深いのだ。それもそのはずで、3日に公表された確執の経緯を記した第3者委員会の調査報告書には、まるでテレビドラマに出てくるような“内紛の修羅場”が描かれていた-。
平成27年9月8日、東京都武蔵野市にある上場企業の社長室。創業者の遺骨を抱いた未亡人がいきなり入室し、社長に向かってこう言い放った。「あなたは社長として不適格。息子に社長をやらせます」。当の社長は、あぜんとして聞き入るだけだった-。
まるでテレビドラマの一場面のようだが、そうではない。大戸屋HDの社内では「お骨事件」と呼ばれている、まさに実際にあった出来事なのだ。
“ドラマ”の主人公は3人。その年に急逝した創業者の三森久実氏の妻、三枝子氏。その長男の智仁氏。そして久実氏のいとこにあたる窪田社長の3人だ。
第3者委員会の報告書によれば、“お骨事件”の当日、三枝子氏は久実氏の遺骨を持ち、背後に位牌(いはい)と遺影を持った智仁氏を伴い社内に裏口から入った。そして、そのまま社長室に行き扉を閉めた上で、社長の机の上に遺骨と位牌、遺影を置いた。
智仁氏が退室し二人きりになると、三枝子氏は窪田社長に向かって「あなたは会社にも残らせない」「(久実氏が)亡くなって49日の間もお線香を上げにも来ない」「9月14日の久実のお別れ会には出ないでもらいたい」などと、30分にわたり詰問したというのだ。
双方の確執は、定食店「大戸屋ごはん処」を展開する同社の事実上の創業者で、会長だった久実氏が昨年7月に急逝したことがきっかけだ。
三枝子氏と智仁氏は計18%超の株式を久実氏から相続。久実氏は将来的には智仁氏の社長就任を望んでいたとされ、窪田社長を含む周囲もその意向を理解していたという。
しかし、早期の社長就任にこだわりを見せた智仁氏に対し、窪田氏が香港赴任を内示したことなどが反発を招き、内紛に至った。久実氏への功労金の不払いや智仁氏の常務から平取への降格、久実氏が注力した事業を「負の遺産」などとして会社側が整理する方向で進めたことなども、創業家側が不信感を募らせた原因とみられる。
対立は株主総会に会社側が提案する人事案に5月、創業家が反対の意向を示したことで表面化。実際に6月に開催された株主総会では、会社側の提案に創業家は反対した。
対立が深まる中、会社側は「外部」に解決の糸口を求めた。
今年8月、会社側は弁護士らによる第3者委員会を設置。対立の調査を開始した。しかし、調査は創業家側からの協力を得られなかった。会社側が設立した第3者委員会の協力を拒否するほど、創業家の不信感は高まっていた。
もとより、本来であれば当事者同士で解決すべき案件を、会社側が第3者に委ねた時点で対立の解消は難しかったのかもしれない。
双方が歩み寄りの努力を見せたこともあった。
お骨事件にさかのぼること10日ほど前の昨年8月下旬、東京都杉並区のとある焼き鳥屋。そこは病気に伏せていた久実氏が行きたがっていた店だった。
窪田社長と智仁氏は久実氏の秘書らも引き連れ4人で追悼のために、その店を訪れる。窪田社長と智仁氏にとっては、2人の関係を修復させる意味もあったとみられる。
しかし、酒が入るにつれ2人は、「僕が正当な事業の継承者だ」(智仁氏)「そんなこと言ってたら、お前には無理だぞ」(窪田社長)などと言い合いに発展。久実氏のせっかくの追悼の場で、両者の関係は逆に悪化してしまった。
第3者委員会で調査報告書をまとめた赤松幸夫弁護士は対立の主な原因について「窪田社長ら経営陣と創業家の双方にある」と指摘する。だが、両者は互いに代理人弁護士を立てるなど、直接対話が困難なほど関係はこじれている。
対立が先鋭化すればするほど、大戸屋HDのブランドイメージは毀損(きそん)しかねない。9月の既存店売上高は対前年同月比で1.0%減。対立が表面化した5月以降、5カ月連続でマイナスだった。
“ドラマ”はハッピーエンドで終わるのか、それともバッドエンドで終わるのか-。業績への悪影響がこれ以上深刻になる前に、早期の解決を願わずにはいられない。(大柳聡庸)
■大戸屋ホールディングス 定食店「大戸屋ごはん処」をチェーン展開している。平成28年3月期の連結売上高は260億円、最終利益は3億円。三森久実前会長が昭和54年に東京・池袋の「大戸屋食堂」を父親から引き継いだのが始まり。今年3月末の店舗数は436店(海外は94店)、社員数は589人。
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