ゲーム機の周りには見物客が集まるようになり、全国のゲームセンターから発注が舞い込んだ。
ところが、操作感覚をより高めた新機能を開発していた開発サイドが契約に待ったをかけた。「操作反応の精度を高めなければ飽きられてしまう。納品は改良版の開発を待ってほしい」
すでに契約を済ませた営業サイドは猛反発。平成4年2月、賢島(三重県志摩市)の研修所で、話し合いの場がもたれた。両者は激しく対立したが、当時社長だった辻本憲三会長は「開発優先」を決断した。
「それからは、もちろん徹夜。会社に泊まって帰宅しませんでした」という青木さんらが開発した「ストリートファイターIIダッシュ」は、同年6月には「ストリートファイターII」として家庭用ソフトにもなり、爆発的にヒットした。