【九州の礎を築いた群像 JR九州編(1)】「ななつ星in九州」前編 「鉄道そのものが観光になるんだ」唐池社長、四半世紀の夢 (2/5ページ)

2014.1.6 14:32

初公開された「ななつ星in九州」の車両前で記者会見に応じる水戸岡鋭治氏(左)と唐池恒二氏。2人の思いが結実した=平成24年9月13日、小倉総合車両センター(安部光翁撮影)

初公開された「ななつ星in九州」の車両前で記者会見に応じる水戸岡鋭治氏(左)と唐池恒二氏。2人の思いが結実した=平成24年9月13日、小倉総合車両センター(安部光翁撮影)【拡大】

 唐池に構想を持ちかけられて1週間足らず。水戸岡は豪華寝台列車のデッサンを描き、唐池の元に持参した。これには訳があった。

 唐池は、用意周到に物事を進める人物にみえるが、鉄道にロマンを追い求める少年のような一面もある。その壮大な夢に社員はついてきてくれるのか。唐池一人が会社で浮き上がってしまわないか。もし失敗したら…。そう危惧した水戸岡は「唐池さんと社員の“隙間”を埋めなければならない。デザイナーである私が具体的なデッサンを描くことこそが“隙間”を埋める早道じゃないか」と考えたのだ。

 持参したデッサンは、完成したななつ星の車両に限りなく近い出来映えだった。その後も水戸岡は、節目節目で外装や内装などさまざまなデッサンを示し、唐池と社員の隙間を埋め続けた。

   × × ×

 唐池も、唐突にななつ星を思いついたわけではない。20年以上も温めてきた構想だった。

 国鉄が民営化し、JR九州が発足したのは昭和62年。その後、数年間は日本中はバブル景気に沸いた。博多・中洲のクラブやラウンジでもドンペリが次々に開けられた。そんな喧噪(けんそう)の中、唐池は知人にこう言われた。

 「九州を一周する豪華寝台列車を走らせたら、当たると思いますよ」

 この知人は、列車で古本を売る「古本市列車」などユニークなアイデアを、30代半ばだった唐池に授けてくれた人物だった。頼りにしてはいたが、豪華寝台列車はさすがに無理だと思った。経済性やスピードが何より重視された時代。ゆっくりのんびりと列車で巡る旅が、人々を魅了するとは思えなかったのだ。

産経デジタルサービス

産経アプリスタ

アプリやスマホの情報・レビューが満載。オススメアプリやiPhone・Androidの使いこなし術も楽しめます。

産経オンライン英会話

実践で使える英会話を習得!業界最高峰の講師がサポートします。毎日話せて月5000円《まずは無料体験へ》

サイクリスト

ツール・ド・フランスから自転車通勤、ロードバイク試乗記まで、サイクリングのあらゆる楽しみを届けます。

サンスポ予想王TV

競馬などギャンブルの予想情報を一手にまとめたサイト。充実のレース情報で、勝利馬券をゲットしましょう!