ピーティックス創業者原田卓氏【拡大】
--日本の企業が犯しやすいミスは何だと思いますか
「アマゾンが日本に初めて進出した01年に、プロダクトマネジャーとしてアマゾンに入社しました。そのとき会社の公式言語は英語だったので、上級幹部は全員英語で(会長兼CEO兼社長の)ジェフ・ベゾスと話していました。通訳はなく、コミュニケーションが直接行われていて、分からないことがあるとその場で質問していました」
「しかし、その後アップルに移ってみると(現在CEOの)ティム・クックが来日したとき、日本法人のトップに立つマネジャーがそれぞれ通訳を従えていたんです。それぞれが異なるメッセージを受け取ってしまい、それでは共通の理解が得られないと感じました」
《原田氏は、当時20代の野心的な若者の誰もが望むようなキャリアを捨てた。ソニーミュージックとアップルで頭角を現すと、再入社したアマゾンジャパンでは上級マネジャーへと昇進していった。自分たちには輝かしいキャリアが約束されていることが分かっていたという原田氏やその友人は、その事実に恐怖を感じた。自分たちの力でそこから出て、何かを始めなければならないときに来ていると悟ったという》
--なぜ起業の道を選んだのですか
「計画していたことではありませんでした。29歳当時の肩書はアマゾンの上級マネジャーで、部下は25人。同じような状況の友人も私も、10年後、15年後の将来がはっきりと見えていました。そのままだったら、複数の外国企業の日本法人で幹部を務めることになっていたでしょう。それはそれでよい人生だと思いますが、自分の身に起こることが何もかも予測できてしまうことが怖いような気がしました。アマゾンという優れた企業で働くことは好きでしたが、もっと大きな挑戦が必要だと感じました。自分たちのために何かを始める。自分たちの人生を切り開くということです」