明治時代に先駆けて新薬の販売を開始し、舞鶴の街づくりにも尽力してきた(株)太陽堂。常に時代を先読み、新薬の販売から薬品の卸業へと事業を広げ、後に京都府内初のドラッグストアをオープン。先進的な取り組みで地元の需要に応える店づくり・街づくりに取り組んできた。同社のこれまでの歩みと、高齢者に寄り添った接客サービスへの思いについて、藤本茂樹社長に話を聞いた。
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□藤本茂樹社長
■舞鶴の商店街から地域に店舗拡大
--古い歴史をお持ちですね
「祖父の藤本勇三が、京都・舞鶴の地に1906(明治39)年に創業しました。先祖はかつて小浜藩の要職に就いていたようですが、廃藩置県を機に舞鶴に落ち着き、これからの時代に必要とされる事業をと考え、祖父が薬剤師の免許を取得し薬屋を始めたようです。当時は薬草や漢方系の薬店が多かった時代ですから、新薬を取り扱う店はまだ珍しかったと思います。その後、父が事業を受け継ぎ、薬局とともに医薬品の卸も開始。父が亡くなってからは、兄が卸業を継ぎ、私が小売業を継ぎました」
--商店街の店舗からドラッグストアへと転換していく過程では、どのような課題が背景にあったのでしょうか