後継社長選びは実績でいえば、世界で1億台以上を販売した据え置き型ゲーム機「Wii(ウィー)」の開発を主導したハード部門の竹田と、人気キャラクター「マリオ」の生みの親として知られるソフト部門の宮本の2人が軸。ただ、業界では「どちらかを選べばハードとソフトのパワーバランスが崩れ、主導権争いが起きる」ともささやかれていた。
3人が出した答えは「それぞれ協力し合って得意なところを分担する」(君島)トロイカ体制だ。社長について竹田は「君島が最善と考えた」と振り返る。
専務を支える
不振に苦しんだ業績も15年3月期連結決算で4年ぶりに営業黒字に転換し、カリスマが経営を引っ張る必要がなくなっていた。むしろ守勢から攻勢に出る局面で「ばかみたいにヒットするもの、他にないユニークなものを作る」(宮本)ことが重要だ。
そのためゲーム機開発などハードは竹田が主導し、宮本はソフト開発を担う。君島は2人を経営の重責から解放し、モノづくりに専念できる環境を整える。
岩田の四十九日の喪が明けるのを待ち、9月に君島の社長就任を決定した。就任会見で、君島は「両専務に力を発揮いただき、新しい製品ができるように支えていく」と語った。
支える-。およそ経営トップらしからぬ言葉に、危機に直面して社長を引き受けた番頭の決意がにじむ。
2000年、かるたや花札を製造していた任天堂を世界的なゲーム機メーカーに育て上げた創業家出身の当時の社長、山内溥(ひろし)(故人)は、自らスカウトした2人をグループに迎えた。
1人は前社長の岩田聡、もう1人は現社長の君島達己だ。