高校卒業後、父を社長に会社を設立し、大竹さんは事務と経理を一手に引き受ける。その間、広告写真の大家である渋谷龍吉氏から本格的に写真を学ぶ。その後30年以上にわたり会社を切り盛りしたが、父が高齢のため体調を崩して社長を辞任したのを機に、51歳で退社する。一度は家庭に入ろうと思ったが、引き続き撮影してほしいという父の代からの顧客の強い要望と、家族の理解もあり、自ら社長となって93年になつコーポレーションを設立した。
◆内定取れると支持
新しい顧客を開拓しようと大学向けに営業活動をしているとき、就職用写真に注目する。それまでは撮影した後、写真を渡しておしまいというのが一般的だった。しかし人生の転機となる就職用写真は、もっと丁寧に対応すべきだと思った。専門スタッフがメークやスタイリングを施し、ファッションアドバイスをした上で、表情や姿勢を正す方法を教えて撮影するという、これまでにはなかったきめ細かいサービスを導入した。
「企業が好感を持ち、採用したくなる」ことを心掛けたため、内定が取れる写真として支持される。口コミで学生が増え続けピーク時の2003年ごろには、あまりの忙しさにスタッフが体調を崩すほどだった。
メークやファッションアドバイスのノウハウは、のちの寿写にも応用されている。ただ大きな違いがある。企業に提出する就職用は修正を一切しない。しかし個人的な寿写は本人が喜ぶよう、しみやしわを目立たなくする修正を施している。
「写真を通して豊かさを提案し、さまざまな人生の記録に関わっていく」と写真家歴半世紀を超えてもなお、決して意欲は衰えない。(佐竹一秀)
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