20代は「1番を目指し、お金を稼ぐことしか考えていなかった」という関社長。京都府内の弁当店で初めて24時間営業を始めるなど、同業他社との差別化を図った。そんなユニーク経営が受け、30歳前後で独自ブランドの弁当店「遊食邸」を関西で約20店舗まで一気に拡大し、ピークで年商10億円に近い水準まで稼いだ。
ただ、赤字店も多く、バブル経済崩壊の影響を受けた結果、残った店は京都市内の2店のみ。家や車を手放しても借金が残る人生のどん底を味わった。
◆「観光地になれ」
「おれは、何をやりたいねん。弁当店しかないかー」。落ち込む関社長が救われた言葉がある。当時、偶然会う機会があった「銀座まるかん」創業者で、ダイエット食品「スリムドカン」が売れ高額納税者として有名な斉藤一人さんの「観光地になりなさい」という忠告だった。いつも気持ちを明るくを心掛ければ、再び周りに人が集まり、チャンスもお金も集まるという意味だった。「目が覚めた」という関社長の経営方針も事業拡大の一辺倒から転換し、「社員、お客さまの幸せ第一」の考えに変わっていった。
かつては東京進出、株式上場を目指す夢も描いたが、今はそんな気持ちはない。地元・京都で弁当販売を軸に、地域貢献を手がける考えだ。具体的には、種智院大学(同伏見区)の食堂経営を任され、将来は近隣農家の野菜などを売る直売所を併設した「食育のテーマパーク」づくりを夢見る。日本文化の体験事業を行うワックジャパン(同中京区)とも連携し、中高生らに農業体験してもらうツアーも来年から始める予定だ。
関社長は「店舗拡大を急ぐのではなく、臨機応変に、社会に役立つ企業として、100年企業を目指したい」と将来を見据える。(西川博明)
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