
日立造船が昭和40年ごろ建造していたタンカー。造船事業は後に本業から切り離した【拡大】
想定外の決断
高度成長期などは“順風満帆”にみえた造船事業だったが、平成14年、造船不況や韓国など新興勢力の台頭による価格競争激化などで本業からの切り離しを余儀なくされた。
社内特有の事情も加わった。造船に始まり、橋梁や水処理施設などにも事業を拡大させたことで、各部署の“縦割り意識”が強くなる一方、統括する事業部の権限が肥大化。経営陣が売上増を指示すれば、事業部が採算を度外視してでもリスクの高い受注などを優先し、結果的に財務を悪化させていた。
難局を乗り切るため、同じ造船事業を抱えていた日本鋼管(現JFEホールディングス)と協議。それぞれの造船事業を切り離して新会社を設立し、事業譲渡する交渉を進めた。交渉がまとまると、業界関係者に衝撃を与えた。