日本車にも美しさを… 戦後自動車産業をイタリアから支えた一人の日本人 (2/3ページ)

2016.10.2 06:00

 宮川さんは1960年、パスポートの取得からして難しかった時代、バイクで香港をスタート地点に世界一周の旅に出た。途中のイタリアでイタリア人女性との運命的な出会いがあり、その後、生活とビジネスの基盤を作った実業家だ。

 マツダのルーチェは宮川さんがマツダにイタリアデザインの導入を説いて作られたクルマである。

 世界のカーデザインの世界でトップランナーであり続けてきたジュージャロと1960年代後半、イタルデザインをおこした。もう1人のメンバーは、元フィアットのエンジニアだった。

 イタルデザインはワーゲンのゴルフを筆頭に多くのヒットデザインを生み出してきたが、日本ではいすゞの117クーペやピアッツァなどが、クライアント名を公表しているプロジェクトとしては有名だ。

 ぼくは1990年から3年半、宮川さんの経営するトリノの会社でビジネスプランナーとして修業していたので、彼の1960年代の話はよく聞いている。日本の自動車メーカーがデザインの重要さに気づき、専門のセクションをもうけて力を注ぎ始めるにそう時間はかからなかった。

 宮川さんはビジネスの傍ら、創刊間もない雑誌「カーグラフィック」に欧州車事情の記事を書いていた。エンツォ・フェラーリとの付き合いも、そういうなかで生まれてきた。クルマが一番輝いていた時代に、クルマの世界の輝ける主人公たちと一緒に活動していた。

 ぼくは1990年に、宮川さんはイタリアに来てからの30年間で自分名義のクルマを120-30台、乗り継いできたと聞いた。自分でもクルマを自ら判断する力を磨いていたのだ。

クルマに興味のない世代の人たちも宮川さんの話に熱心に耳を傾け…

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