
磐越西線で石油列車を運行した遠藤文重運転士【拡大】
遠藤さんは「磐越西線ルートはあり得る」と思った。2004年の中越地震の際、磐越西線で救援物資を被災地に届けた経緯があり、遠藤さんも運転士の一人だった。ただ、石油列車となれば重量も重く、安全面も含めハードルは高いはず。急勾配、急カーブが続く磐越西線での大量石油輸送は非現実的に思えた。遠藤さんは国鉄時代、冬の磐越西線で客車を運転中、車輪の空転で動けなくなった嫌な思い出もあった。
一方、JR貨物本社では磐越西線での石油輸送計画が固まりつつあった。根岸で石油を積んで新潟貨物ターミナル駅を経由し、磐越西線方面へ向かう。磐越西線は非電化区間があるため、新潟タ駅で電気機関車からディーゼル機関車DD51に切り替える。会津若松駅から東側が山岳エリアで、急勾配と急カーブが待ち構える難所。DD51を2台連結し馬力を倍増させるが、それでも牽引(けんいん)できるタンク貨車は通常の半分、10両が限界だ。
「よし。大筋この方向で進めてくれ。運転士の確保は?」
異常時対策を指揮する安田晴彦さんが運用チームに聞く。「DD51と磐越西線、両方の経験がある人が望ましい。ただ、現役でDD51を運転している人は少ないので再教育が必要だ。稲沢機関区(愛知県稲沢市)で対応できる」「すぐに手配を」。そんなやり取りが続いた。