
磐越西線で石油列車を運行した遠藤文重運転士【拡大】
「磐越西線で石油を運ぶことが決まった」。運転士が集められた郡山総合鉄道部。運転課長が計画の概要を伝える。「機関車はDD51を使うそうだ。本社からは志を持って運行してほしいとのことだ」。ざわめく会議室。運転士の選定が始まった。
人選が難航
DD51の運行は、新潟から会津若松までを東新潟機関区の運転士が担い、会津若松から郡山までを郡山総合鉄道部の運転士が担当することになった。東新潟機関区は規模も大きく、DD51の運転士はすぐに確保できたが、郡山側では人選が難航した。遠藤さんを含め郡山所属の4人が選ばれたが、講習会直前に1人が辞退を申し出た。インフラが途絶え、自宅の水や食料を運ばなければならないとの理由だった。
「欠員が出たんだ。悪いがナベさん、いってくれないか」。運転課長から電話を受けたのは定年まで1年を残すベテラン運転士、渡辺勝義さん(当時59歳)だった。ここ数年は駅構内での貨車の入れ替え作業を専門にしていた。「俺にまで回ってくるとは…」
DD51を運転したのはもう10年以上前。力士のような馬力を思い出す。「もう一花咲かすか」。渡辺さんは拳を握った。