戦時中は菰樽づくりを中断していたが、戦後の1949年から再開。同時に「全国の酒蔵の銘酒を扱いたい」と3代目社長の岸本一司(いちじ)氏が全国各地の酒蔵と契約を結び、業界最大手に成長した。現在も約600の酒蔵に菰樽を納入している。
しかし、4代目となる現在の岸本社長が就任した97年ごろから、菰樽需要の落ち込みが止まらなくなった。原因は鏡開き文化の衰退。
「昔は選挙や神事などの祝い事で鏡開きは必須だったが、次第に行われなくなった」という。90年代の菰樽の年間販売個数はピーク時の半分以下の6万個前後まで落ち込んだ。「鏡開きや菰樽が時代とともに忘れ去られていくのを感じて寂しかった」と振り返る。
インテリア用に需要
鏡開き文化の復活を期し、岸本社長は2003年に卓上サイズの菰樽「ミニ鏡開きセット」を開発した。菰のデザインも若手デザイナーに依頼するなど菰樽のイメージを一新。「気軽に鏡開きを楽しめる」と話題を呼び、年平均8000個を売り上げるヒット商品となった。
また同時に、全国の展示会に参加するなどPR活動を積極的に展開した結果、酒造メーカー以外の企業からの問い合わせが増えた。「海外進出した新店舗のオープン記念に鏡開きをしたい」などの声が多く、さらには海外ブランドの国内初出店や映画公開の舞台あいさつなど今までにない場面で鏡開き需要が開拓された。