アマゾン無敵の源は"マケプレの預り金" 「構造的キャッシュリッチ」の秘密 (2/3ページ)

「物が売れる前から入金」がある強み

 では、こうした巨額投資がなぜ可能なのだろうか。もちろん、EC(電子商取引)サイトやその他の事業の売上が好調なのはある。しかし、それだけでは説明ができない額でもある。その謎を解く鍵となるのが「キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)」である。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/kasinv)

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 聞き慣れない言葉だろうが、CCCとは仕入れた商品を販売し、何日間で現金化されるかを示したものである。このCCCは、小さければ現金を回収できるサイクルが短いということで、手元にキャッシュを長い時間持つことができる。つまり、CCCは小さければ小さいほどよい。

 たとえば、小売世界最大手のウォルマート・ストアーズの場合、CCCはプラス約12日である。商品を仕入れて販売して、代金を回収するまでに約12日を要するということだ。小売業界の一般的なCCCはプラス10~20日程度である。

 通常、売上代金を受け取るまでの運転資金は、銀行からの借入などで用意する必要がある。プラス12日で回収できるといえども、売上が大きくなればなるほど、1日に必要な運転資金も大きくなる。売上高が年間5000億ドル規模のウォルマートであれば、その12日間は、決して軽い負担ではない。日本円にして年間60兆円の売上の12日分は2兆円である。ウォルマートは、この2兆円を自己資金か借入金などで捻出しなければならないのだ。

 一方、アマゾンのCCCはマイナスだ。つまり、物が売れる前から入金されているのだ。じつは、マイナスなのは、そんなに珍しいことではない。身近なところでは、その場でお金が受け取れる飲食業などで、CCCはマイナスである。材料や人件費などの支払いが後になるためだ。日本の若者がラーメン屋に新規参入しやすいのも、先にお金が入り、開店時の資金が他に比べて多く必要ない点にある。

 たとえば、CCCがマイナス10日だとしよう。その場合、銀行からの借入などもちろん必要なく、10日の間、販売代金を自由に使える。製品を作る前からお金が入っている状態なのだ。

 ■成長の持続を達成しやすい構造

 ちなみに、CCCがマイナスであることが、いかに有利なのかを示す例がある。縮小傾向にある出版業界と、勢いのあるウェブメディアの違いだ。

 日本の出版社のCCCは、一般的にプラス180日だ。日本の出版社では、卸を通して、だいたい出版から6カ月後に入金されるのが慣例だ。しかし、ネットメディアはCCCがマイナス、もしくはプラスでもかなり短い。まず、会員サイトの場合、会員費は前払いなので、その分マイナスになる。また、事前に広告を取ってくるとこれもマイナスだ。あるいはウェブ広告がクリックされたらその瞬間(遅くても平均15日後くらい)に入金される。広告自体も、クライアントが作ってくれるから、こちらの費用はゼロである。

 ネットメディアの方が、活動するためのキャッシュが構造的に早く入ってくるのだ。ウェブメディアがあっという間に拡大した理由がわかるだろう。

 ちなみに、米アップルのCCCは、経営危機に陥った1993年度から1996年度まではプラス70日程度だった。しかし、復帰したスティーブ・ジョブズが経営の実権を握ると、CCCは改善傾向をたどり、現在はマイナスで推移している。

 アップルのCCCの劇的な改善の背景には、在庫の削減や商品の絞り込み、また、アップルに部品を供給するサプライヤーとの取引条件の変更の可能性が高い。在庫がなくなればお金になるということだから、通常、CCCをマイナスにするには、在庫管理の見直し、あるいは商品の絞り込みをする。アップルは、これを徹底し、2001年度以降はおおむねマイナス20日前後を維持している。

 CCCがマイナスで推移するということは、製品を作る前から入っている資金を「iPhone」などの開発や販促につぎこむことができるということで、成長の持続が達成しやすい。

 アマゾンの場合、このCCCがマイナス28・5日、約30日前後で推移しているのだ。極論すれば、物流倉庫にある商品が販売される30日前にすでに現金になっているということになる。CCCのマイナスが大きいことこそ、アマゾンが巨額の投資や新たな事業を次々と展開できる源泉なのである。大量のキャッシュが動いていれば決算書の赤字など、どうでも良いことだ。

無利子で運用できる「預り金」