明美ちゃん基金ミャンマー医療団 貧しくても…娘のために命がけで資金を工面

 
カテーテル治療を受けた女児、ピョー・ピョー・ルイちゃんと両親=9日午後、ミャンマー・ヤンゴンの国立ヤンキン子供病院(福島範和撮影)

 「娘の命を救ってもらい、感謝の気持ちでいっぱいです」。動脈管開存症と肺高血圧を患いカテーテル治療を受けた女児、ピョー・ピョー・ルインちゃん(1)の母、ピョー・ウェイ・ウーさん(25)はこう話すと、「自分の命よりも大切」なピョーちゃんを抱きしめた。

 異変が起きたのは生後8カ月のころ。高熱が出たため、自宅があるミャンマー西部のズボッ・ゴン村からバスで約1時間半かけて病院に向かったところ、医師から「心臓が弱い」と診断され、ヤンキン子供病院へ行くことを勧められた。

 しかし、父のソウ・ルインさん(27)は農業の日雇い労働者で、約400キロ離れたヤンゴンへの交通費を稼ぐのもままならない。高くそびえ立つコショウの木に登って実を収穫するなど、命がけだが給料の良い仕事を増やして必死に金をためた。親類や仕事先に借金もした。「どうしても娘を助けたい」。その一心だった。

 昨年秋、バスで約18時間かけてヤンキン子供病院にたどり着いた。看護師から、通常なら多額の治療費が必要と説明された上で、「2月に日本の医療団が来る。無料で治療を受けられるので、そのリストに入れるのを待った方が良い」とアドバイスを受けた。

 集めたお金は結局、交通費と入院費程度にしかならなかった。リストに入れなければ娘の死を待つのみだ。不安な気持ちで待ち続けた夫婦に連絡が入ったのは今年1月21日。ウェイさんは「本当にうれしかった」と振り返る。

 8日、治療を終え集中治療室(ICU)から病室に戻ったピョーちゃんの胸にウェイさんはそっと手を当てた。治療前は異常に早かった心臓の音が正常になっていた。笑みがこぼれた。

 しきりに手を伸ばし「うー、うー」と声を上げるピョーちゃん。「これから元気に育ってほしい。私たちは貧しいけれど、娘には大学に行ってほしい」。ウェイさんは優しいまなざしで一人娘を見つめた。(小林佳恵、小泉一敏)