劉さんは日本語がまったくだめ。王さんはいくらかましだが、日常会話もままならない。「日本語、難しい。トシ取った。働くの大変」。たどたどしい口調で王さんは窮乏を訴える。
夫妻は中国東北部、黒竜江省の出身だ。劉さんの母親が残留女性だった。貧しい農家で、まともに学校にも行けなかった。王さんの実家も貧農だ。中国語の読み書きもあまりできない。
2人は友人の紹介で知り合い、23歳で夫婦に。1男1女を授かったが、暮らしは上向かない。寒村から抜け出す転機が訪れたのは、1990年代前半のことだ。
「助けて」と強行入国
戦前から戦中にかけて満州などに移住し、敗戦の混乱で中国を抜け出せなくなった大勢の残留邦人をめぐっては、昭和47(1972)年の日中国交正常化により、ようやく本格的な永住帰国の道が開いた。