【満州文化物語】
父親が大連で幼少期を過ごしたという、サザンオールスターズの桑田佳祐(けいすけ)(1956年~)が作詞・作曲をし、妻の原由子(ゆうこ)(同)が歌った「流れる雲を追いかけて」に、「連鎖の街」が出てくる。昭和4(1929)年、大連にできた当時、東洋一とうたわれた流行最先端のショッピング街・連鎖街(れんさがい)のことだ。
曲の舞台は戦前・戦中の満州。「ハルビン行きの列車」は、満鉄自慢の超特急「あじあ」を連想させるし、当時、大連に多かった「ダンスホール」(連鎖街の近くには、第1回で紹介した「ペロケ」があった)も登場する。
大連に関心を持っていた作家、井上ひさし(1934~2010年)も「連鎖街のひとびと」という芝居を書いている。大連駅前の約1万3千坪の敷地に総鉄筋コンクリート造、ショーウインドーを備えたスマートなビルがつながって建っているから連鎖街。
高級紳士服や婦人服を扱う今でいうブティック、中華や和食のレストラン、カフェにフランス風の喫茶店、洋画専門映画館やレコード店、書店…。一流どころの約200店が進出、遊園地や公衆浴場もあり、まるでテーマパークのよう。たちまち、大連一の繁華街・浪速町(なにわちょう)と肩を並べるほどの新名所になった。