1階が商店、上階は住宅で、大連初のセントラルヒーティング、全戸水洗トイレを完備。当時、連鎖街にあった「丁子屋(ちょうじや)洋服店」の三男、秦源治(はた・げんじ)(1926年~、旧制大連二中-南満工専)は、「連鎖街に店を構えることが、ひとつのステータスシンボルになっていた。セントラルヒーティングのおかげで、真冬でも寒さ知らず。清潔感、高級感漂う街でしたね」。
著名人ゆかりの店並ぶ
後に世界的なビッグスターとなる三船敏郎(1920~97年)の父・徳造が経営する写真館も連鎖街にあった。その名も「スター写真館」。当時の地図を見ると、中華料理の大店「扶桑仙館(ふそうせんかん)」と銀座通を挟んだ向かいの2階に店はあった。
連鎖街で父親が、割烹(かっぽう)「互楽(ごらく)」を経営していた渡辺勝美(かつみ)(1924~、旧制大連中-明治大予科)は「浪速町は木造建築で雑然としているが、連鎖街は鉄筋コンクリート建てで整然としている。写真館は三船さんの店のほかに2つか3つはあったかな」
連鎖街には、テレビ時代劇「水戸黄門」の格さん役などで知られる横内正(ただし)(1941年~)の家もある。心斎橋通に面した「横内洋品店」。その右隣の「バーパコダ」は、画家・岩田専太郎(1901~74年)の妹がママさんをやっていたという。