一方、米航空宇宙局(NASA)のアート・アゼルバージン・プロジェクトマネジャーは「種子島で4カ月を過ごし、食堂やホテル、地域の人々が歓迎してくれて多くの友人ができた。米国に帰らなければならないのが残念なほど寂しい」と、しんみりと語った。
国際プロジェクトの衛星をH2Aで予定通り、宇宙へ送り届けた三菱重工業の宮永俊一社長は「今後、衛星にはさまざまなニーズが生じていく。それを支えるため、時間に正確に打ち上げる技術をさらに伸ばしたい」と気を引き締めた。
同時に搭載された7基の超小型衛星に携わった学生らも会見。大阪府立大の大学院生、伊藤琢博さん(23)は「ホッとしている。日米共同開発の衛星に相乗りしたため、NASAの安全審査まで受け、緊張しっぱなしだった」。同大の衛星には「こすもず」と命名。JAXA宇宙科学研究所がロケット打ち上げのたびに行う慣例にならい、命名にちなんだ独自のラベルを張った日本酒を披露した。
芸術活動を目的とする世界初の衛星を多摩美術大と合同で打ち上げた東大4年の宇佐美尚人さん(22)は「誰でも宇宙を多彩に活用できることを示したい」と興奮気味に語った。