《質疑は途切れることなく続く。次の質問では笹井氏の責任論が言及された》
--世界的に有名な科学者として、事態を引き起こした責任についてどう考えるか
笹井氏「今回、多くの混乱が招かれ、センターの幹部の1人として、副センター長として責任を感じている。広報の発信の仕方にしても、最大限、納税者からの研究費の成果をしっかり説明するアカウンタビリティー(説明責任)を発揮したいと願った」
「小保方さんのメディアでの露出は、最初の会見と翌日のインタビュー以外はしないとしていたが、私たちの想像を超え多くの動きがあった。もっと予測的な措置はできなかったのか、そういったことについて反省することは多い」
《笹井氏が記者会見に臨んだこの日、STAP細胞の真偽が問題化してから、すでに約2カ月がたっていた》
--記者会見に出てくるのがあまりに遅すぎるのでは
笹井氏「私自身は早く出て、混乱を起こしたことをおわび申し上げたいという気持ちが強くあった。声明の形でしかできなかったのは、調査委が動いていて、4月1日になるまで許されなかった。その後は、できるだけ早くこの(会見の)機会を得たいと思い、調整してもらった。遅くなったことは申し訳ない」
《厳しく責任論が問われるのは、笹井氏が小保方氏の研究に指導的立場で関わったからだけではなく、笹井氏が国内屈指の科学者であることの裏返しでもある。その目に、小保方氏はどのように映っていたのだろうか》
--小保方氏の研究者としての資質はどうだったか
笹井氏「非常に豊かな発想力があり、非常に高い集中力をお持ちであったと感じています。(小保方氏)採用時の人事委員会の皆の一致するところで、私は今もそう思います」