【地球を掴め国土を守れ】技研製作所の51年(20)無公害の「救世主」に全国から反響  (1/2ページ)

販売開始とともに展示会や講演会で無公害工事への啓発に力を入れた
販売開始とともに展示会や講演会で無公害工事への啓発に力を入れた【拡大】

 「公害反対の住民パワーに悩む大都市からの問い合わせが相次いでいる」。技研製作所(当時、高知技研コンサルタント)社長の北村精男(あきお)と「高知のエジソン」垣内保夫が2年かけて開発にこぎつけた、無振動・無騒音の杭(くい)打ち機「サイレントパイラー」に対する反響の大きさを、昭和51年当時、地元紙はこう報じた。

 サイレントパイラーを、自分の会社の「工事受注の切り札」と考えていた北村。当初は、同業者に販売するつもりはなかったが、寄せられる切実な声を無視できなくなった。

 しかしながら、開発途上のサイレントパイラーは、部品に改良の余地があり、故障も少なくはなかった。

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 「『この娘』にはまだ何も教えていません。使っているとすぐ壊れます。親戚づきあいするところから始めましょう」。北村は販売1号機を納めた大阪の業者に対し、こんな表現で何度も念押しした。

 実際、使用が始まると、高知から社員が毎日のように大阪に駆け付けた。「半日使えば、半日は修理というぐらい故障した。修理を終えて、社員が大阪から高知に帰ってくる途中に、もう大阪から高知へ別の故障の電話がかかってくるというありさまだった」(北村)

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