幻の「出石鉄道SL」、原寸大段ボール模型で復元へ 新たな観光資源となるか (3/4ページ)

出石鉄道の蒸気機関車「6号」(豊岡市商工会青年部出石支部提供)
出石鉄道の蒸気機関車「6号」(豊岡市商工会青年部出石支部提供)【拡大】

  • 段ボールを使った蒸気機関車復元に挑む青年部会員ら=豊岡市出石町
  • 出石鉄道で活躍した蒸気機関車「6号」の4分の1サイズの段ボール模型

 戦後は町民による復活運動も起きたがかなわず、代償のバス運送(自動車運輸営業権)はその後、地元のバス会社に譲渡。名前だけ存続していた鉄道会社は昭和45年に正式に廃止され、同町は鉄道アクセスがないまま現在に至っている。

 その出石鉄道を最初に走ったのは蒸気機関車でなくガソリンカーだった。煙がでない汽車として珍しがられたが、いかんせん馬力がない。地元の芸者たちに都々逸で「出石鉄道は煙も吐かぬ 吐かぬはずだよ人が押す チョイナチョイナ」と歌われたほどで、安価なガソリンカーの採用は「安物買いの銭失い」といわれた。

 蒸気機関車はその後に導入され、3台が貨物、客車を引いた。「6号」は昭和11年に導入。しかし、26年に解体され、いつしか忘れ去られたという。

 迫力の復元模型

 原寸大の復元模型は、横7.8メートル、幅2.2メートル、高さ3.5メートル。作業は同支部で行い、出石名物の皿そば店の店主や建築士、技能士ら20~30代の会員約20人が連日集まって段ボールをくりぬいたり、切り張りしたりしている。車輪だけでも直径1.4メートルあり、段ボールといえどもけっこうな迫力だ。模型は9月1日に完成披露の予定。

 明治以降の鉄道草創期、日本海からの海上攻撃を避ける輸送路確保などのため、京都・丹後地方から、出石町や近畿最高峰の氷ノ山(ひょうのせん)付近を通り、鳥取・若桜(わかさ)町まで結ぶ山間の「但馬鉄道計画」があったという。出石鉄道はその一部に位置づけられていたといい、現在は橋脚跡などが残るものの、起点の出石駅をはじめ廃線跡を見つけるのは難しい。

「未来を照らす起点にしたい」