バレーメトロ(2)ライトレールを待ちながら、挨拶と握手で始まる出会い

江藤詩文の世界鉄道旅
「バレーメトロ」は空港行きの「スカイトレイン」と接続している

 「ぼくはティムだ」。ホームで自分から名乗り、笑顔で握手をして回っているのは若い黒人男性。アリゾナ州フェニックスのライトレール「バレーメトロ」車内で発生した騒動により、途中下車した乗客たちは次の列車を待っていた。ピリピリした空気の中に放り込まれたひとりの大男。身長171cmの私が見上げるほどだから190cm近いのかもしれない。なんとなく周囲が警戒して距離を置いているのを感じたのだろう。ベンチでタバコを吸っている白人男性にも和やかに話しかけている。

 ホームや対向車線の車両を撮影していると、ティムは私のところにもやって来た。「コンニチハ、アリガトウ。日本が大好きだ。日本女性は全員美人」。いいよ、無理してお世辞言わなくて。

 たくさん写真を撮っている私が、ティムには不思議に見えたのだろう。「インスタグラムにアップするのか」と聞いてくる。日本の読者に向けて旅のレポートを寄稿すると答えると「それならぼくの写真を撮ってよ。さっきは怖い思いをしたかもしれないけれど、黒人がみんなそうなわけじゃない。だいたいぼくだって怖かったんだ。フェニックスにはフレンドリーで日本が大好きな黒人もたくさんいるって伝えてほしい」とティム。

 そこへ白人男性の警官がふたりやって来た。見るからに観光客のアジア人(私)が黒人男性とのトラブルに遭ったと思ったらしい。そうでないことがわかると、彼らは「鉄道の写真はあまりたくさん撮らない方が望ましい。また、知らない人の前ではカメラはバッグにしまっておくのが望ましい」。私にそう注意して立ち去った。

 スーパーマーケットでちょっと買い物をするつもりで出くわしたハプニング。滞在しているホテルのレセプショニスト、サンドラさんにさっそく報告する。ちょうど勤務時間が終わり、今から帰宅するという彼女。交通手段を訪ねると、なんとバレーメトロで帰ると言うではないか。メトロなんて自家用車を買えず、キャブにも乗れない人が使うものだって言ったのに……。するとサンドラさんはこう返した。「だって、私はキャブに乗れない貧乏な黒人だもの」

■江藤詩文(えとう・しふみ) 旅のあるライフスタイルを愛するフリーライター。スローな時間の流れを楽しむ鉄道、その土地の風土や人に育まれた食、歴史に裏打ちされた文化などを体感するラグジュアリーな旅のスタイルを提案。趣味は、旅や食に関する本を集めることと民族衣装によるコスプレ。現在、朝日新聞デジタルで旅コラム「世界美食紀行」を連載中。ブログはこちら