公共交通機関だけを利用して旅をする。ちなみにタクシーは含まない。なんだか若いころのバックパッカー旅行を思い出すが、スイス・アルプスの旅ではこれがスタンダード。鉄道駅を拠点に、かつては山間部の村々でくらす人々のために馬車で、いまはバスで郵便物を届けて回るという黄色いボディの「ポストバス」、その先にはケーブルカー、ロープウェイと、かゆいところに手が届くようなきめ細やかさで、公共交通機関が張り巡らされている。そもそも、団体旅行向けの大型観光バスは、規制されているエリアも多い。
各種の乗りものや乗り場は、「大きな荷物を抱えて右往左往するであろう、ことばを話せない外国人をうまく回す」ことを前提につくられているかのようだ。スイスは4つの国語を持つため、ピクトグラムが発達したという背景があるからか、はじめて旅をしても、あまり迷うことがない。
マッターホルンを臨むツェルマットから、世界遺産アレッチ氷河まで、“乗りもの三昧”の主軸になるのがマッターホルン・ゴッタルド鉄道だ。スイス南アルプスを横断する路線で、日本でも有名な「氷河急行」の一部ルートを走行する。車両は窓が大きく、天井からも光が差し込む展望車。両側に息をのむパノラマが広がる。いかにも観光列車らしい装いで、旅行者の利用も多いが、じつは地元の人の生活の足でもあるため、普通列車の運賃のみで乗車できる。
その先で乗り継いだバスでもケーブルカーでも、地元の生活者と観光客が乗り合わせた。ツーリストがはしゃいだ歓声を上げても、じろじろ見たり、顔をしかめることもなく淡々としている。ことばが通じなくても、運転手も慣れたものだ。観光客がいることを当たり前に受け止めているようで、もの慣れない旅行者でも居心地がいい。観光立国。その意味をあらためて考えさせられた。
取材協力/スイス政府観光局 スイストラベルシステム/レイルヨーロッパ
■江藤詩文(えとう・しふみ) 旅のあるライフスタイルを愛するフリーライター。スローな時間の流れを楽しむ鉄道、その土地の風土や人に育まれた食、歴史に裏打ちされた文化などを体感するラグジュアリーな旅のスタイルを提案。趣味は、旅や食に関する本を集めることと民族衣装によるコスプレ。現在、朝日新聞デジタルで旅コラム「世界美食紀行」を連載中。