ブリュッセル中央駅から急行列車に乗り、マルロワ駅で各駅停車に乗り換え、ボマル駅を出る。すると…。観光案内所なし、タクシー乗り場もバス乗り場もなし、公衆電話なし、英語の案内なし。そこには何もなかった。
ベルギーは、国土の面積が四国の約1.5倍、九州よりやや小さい国だ。そのなかで、フランダース地方はオランダ語、ワロン地方はフランス語、ドイツ国境付近はドイツ語と、3つの公用語を使用している。首都ブリュッセルでは、オランダ語とフランス語を併用。駅の案内板なども、すべてオランダ語とフランス語が併記され、見た目にもみっちみちに詰まっていて、とても英語が入り込む余地などなさそうだ。
下車したボマル駅は、フランス語圏のワロン地方にある。従って表記はフランス語のみ。駅の構内にとって返し、明かりのついている窓口の奥に向かって、これだけは話せるフランス語で「すみません、すみません」と、大声を上げる。何度か叫ぶと、口ひげに丸めがね、頭頂部がはげ上がった男性駅員が、突き出たおなかを揺らしながら、ゆっくり近寄って来てくれた。
旅の目的地は、駅からタクシーで20分ほどのところにある、デュルビュイという町。“世界一ちいさな町”として知られる観光名所だ。ボマルはその最寄り駅。タクシーくらい手配してくれるだろう。そう思ったのは甘かった。
フランス語を話せない外国人旅行者。そう知ると、彼はなんと、そそくさとつい立ての陰に隠れてしまった。電話が鳴り、しぶしぶ姿を現しても、けしてこちらを見ようとはせず、通話が終わると、すぐさまつい立ての裏に逃げ込んでしまう。
さすが、非英語圏のヨーロッパのローカル駅。しばし呆然と立ちすくんだ、昼下がりの午後1時。はるか遠くから、クラクションの音が聞こえてきた。
■取材協力:レイルヨーロッパ/フィンエアー/ベルギー観光局ワロン・ブリュッセル
■江藤詩文(えとう・しふみ) 旅のあるライフスタイルを愛するフリーライター。スローな時間の流れを楽しむ鉄道、その土地の風土や人に育まれた食、歴史に裏打ちされた文化などを体感するラグジュアリーな旅のスタイルを提案。趣味は、旅や食に関する本を集めることと民族衣装によるコスプレ。現在、朝日新聞デジタルで旅コラム「世界美食紀行」を連載中。