一瞬の隙なく監視するなら監禁しか…認知症鉄道事故裁判、“遺族であり被告”当事者の思い (1/3ページ)

高井隆一さんの父親が事故に遭った共和駅。当時は施錠がなく、ここから線路に降りて電車にはねられた=愛知県大府市
高井隆一さんの父親が事故に遭った共和駅。当時は施錠がなく、ここから線路に降りて電車にはねられた=愛知県大府市【拡大】

  • 裁判資料を手に当時を振り返る高井隆一さん

 愛知県大府(おおぶ)市で鉄道事故に遭遇した認知症の男性=当時(91)=の遺族にJR東海が損害賠償を求めた民事訴訟は、社会に大きな議論を巻き起こした。平成28年3月に最高裁がJR側の訴えを棄却してから2年あまり。遺族が経過をたどる本を出版したり、各地で講演したりして“発信”を始めた。「私が話すことで、認知症への理解が深まれば」と話す。

 遺族は男性の長男で、大府市の自営業、高井隆一さん(67)。父親の認知症に気づいたのは、父親が84歳だった12年ごろだったという。父親は大府市内の自宅で母親と暮らしていたが、症状が進行。当時は東京の会社で働き、週末しか介護ができなかった高井さんに代わって、高井さんの妻が近くに移り住んで介護に加わった。

 「外出願望が強かったのが一番の悩みでした」と高井さんは振り返る。勝手に出て行かないよう玄関にかんぬきをかければ扉を持ち上げようとし、門扉に南京錠を付ければ足をかけて乗り越えようとした。あきらめて施錠を解くと、嘘のように穏やかに。「父にとって施錠は、自由を奪われることだったんです」

「誰がなってもおかしくない、恥ずかしくない病気」