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座席を天井に上げて扉を増やす…“変幻自在”の通勤電車が生まれた理由 (1/2ページ)

SankeiBiz編集部
SankeiBiz編集部

 普段は1車両あたり3扉の電車なのに、混雑時は座席が天井近くに格納されて5扉に増えるという不思議な通勤型車両が6月に引退する。大阪と京都を結ぶ京阪電気鉄道の5000系で、登場は大阪万博が開催された1970年。日本初の新機軸が織りこまれた車両はなぜ生まれたのか。半世紀前の京阪電鉄の資料などから振り返った。

 通勤ラッシュ解消への新発想

 「僕も5000系を運転していましたが、やはり寂しい思いがあります。時代を象徴した車両として、親しまれていますから」。惜別の思いを口にしたのは、元運転士で京阪電鉄広報部係長の中西一浩(かずひさ)さん。鉄道ファンにも人気のあった車両といい、11日に行われたイベント「5000系さようなら淀車庫撮影会」(参加費6000円)にも申し込みが殺到。参加チケットは即日完売した。

 「狂乱の高度成長時代、京阪沿線の宅地化は急ピッチで進められ、朝夕のラッシュ・アワーの通勤・通学客による混乱は、その極に達した」

 京阪が1980年に刊行した書籍「ミニ・ヒストリー 京阪電車・車両70年」によると、沿線人口が増えて電車に乗るにも時間がかかるようになったため、編成を長くしようとしたが、架線電圧やホームの長さの制約から7両より長くすることはどうしてもできなかった。そこで「多扉化によって乗降時間を短縮」するという発想が生まれたという。花形の特急型車両ではないが、開発陣が心血を注いだ意欲作だけに、京阪内部では「『三つ五郎』という粋なペットネーム」(同書)で呼ばれていたようだ。

 座席の昇降で3扉⇔5扉

 1車両に片側5扉以上備えた「多扉車」はその後、関東の鉄道各線にも“伝播”し、JR山手線や京浜東北線、埼京線などのほか私鉄の京王電鉄や東急電鉄、東京メトロ日比谷線などで導入された。いずれもラッシュ時間帯に座席を折りたたんで格納する方式だった。

 これに対し、嚆矢(こうし)となる京阪5000系では「座席昇降装置」によって座席を上げ下げする方式が採用された。日中は3扉で使用し、残りの2扉を閉鎖して座席を設置。ラッシュ時は扉の前に設置された座席を天井近くまで上げ、扉から乗り降りできるように工夫したのだ。

 京阪電鉄の社内報1970年10月号には、画期的な座席昇降装置について「この車両の技術開発の中心である」と記されている。座席の昇降にかかる時間は約20秒。誤操作を防ぐため、1両目と7両目の両運転台のスイッチを操作しなければ動作しないようになっていた。作業は車両基地などで行われていたが、万全の安全対策が施されていたことがうかがえる。

 ただ、この特殊な装置のおかげで日中の座席定員は増えたものの、と同時に、製造コストも増えてしまったようだ。5000系の製造は7編成分の50両(うち1両は代替車)にとどまった。

 

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