「防災に貢献」誓う 宮城 木村正清さん
東日本大震災5年
宮城県遺族代表の木村正清さん=2016年3月11日、東京都千代田区(共同)
防災教育の仕事に携わる木村正清さん(52)=川崎市=は、宮城県女川町(おながわちょう)の実家の両親を津波で失った。「防災に貢献できるよう全力を尽くします。天から見守っていてください」。政府主催の追悼式で11日、宮城県遺族代表として、悲劇を繰り返さないと2人に誓った。
つらい思いが今も残る。東日本大震災2日前にあった地震の後、父、一太郎さん=当時(75)=に電話した。「きょう地震あったけど」「大丈夫。心配するな」。病気で入院し、退院を控えていた母、信子さん=当時(76)=のことが気に掛かったが、何かあればきっと一緒に逃げてくれると思った。大きな地震が来たらすぐ避難するよう念を押さなかった後悔が消えない。
3月11日。東京の会社で勤務中だった木村さんを大きな揺れが襲った。何度も電話をしたが、つながらなかった。「駄目だったよ」。月末に訪れた地元の避難所で、親族から知らされた。とぼとぼと歩いて実家に向かう間、周囲の風景が灰色に見えた。
父はせっかちで、何事にも積極的。母は優しくおっとり。正反対の性格で、しょっちゅうけんかをしていたけれど、仲は良かった。基礎だけとなった実家跡から、2人のめおと茶わんが重なるようにして見つかった。
「信子っ」。津波が押し寄せた時、退院したばかりの母の名前を叫びながら家に入っていく父を近所の人が見ていた。「お母さんを助けに行ってくれて、ありがとう」。追悼式では、父が最後に見せた母への愛に感謝の言葉を贈った。
「津波が来たら体一つで逃げる」。そう話していた父でさえ、命を落とした。両親の死を無駄にしてはいけない。防災教育を担うのは自分の「運命」だと思っている。(SANKEI EXPRESS)
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