「風化させない」誓う 福島 佐久間国幸さん
東日本大震災5年
福島県遺族代表の佐久間国幸さん=2016年3月11日、東京都千代田区(共同)
福島県大熊町で暮らしていた佐久間国幸さん(66)の父、国丸さん=当時(83)=は東京電力福島第1原発事故による避難生活から約1年後、元の町から約100キロ離れた福島県会津若松市の仮設住宅で亡くなった。福島県遺族代表として追悼の言葉を述べた佐久間さんは、父がふるさと大熊町に抱いていた熱い思いを語った。
避難先を転々とした末でやっと落ち着いた仮設住宅。突然の動脈瘤破裂が原因だった。「大熊町に死ぬまでに戻りたい。ここでは死にたくない」と、繰り返し口にしていた父。佐久間さんは「83年間過ごした大熊に帰してやりたかった」と悔しがる。
父は戦後に畑を開墾し、町名産の梨作りで身を立てたのが自慢だった。佐久間さんも後継者として畑を守っていくつもりだったが、除染で出た廃棄物の中間貯蔵施設が建設されることに。「戻りたいけど戻れない。地震だけなら再起もできるが、放射能でそれもかなわない」
佐久間さんは、いわき市で妻と避難生活を続けている。元の自宅はネズミやイノシシに荒らされ、少しずつ足が遠のくようになった。
追悼式の言葉に、原発事故という悲惨な出来事を風化させたくないとの思いを込めた。「私たちの経験を子々孫々、世界中に伝えていくのが重要なのではないか」。かみしめるように、ゆっくり読み上げた。
今、各地で進む原発再稼働の動きが気に掛かっている。「原発は何も残さない。山も、川も、以前の姿ではなくなってしまった」。多くの人がふるさとを失い、避難生活を続けている事実を、国はどう受け止めているのか。「間違いのない政策を進めてほしい」。祈るような口調だった。(SANKEI EXPRESS)
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