9月15日午後3時、築地の聖路加病院前で、新聞を右手に持ち、行ったり来たりしていると、二人連れの外国人が来て「この病院は爆撃を受けなかったのですか」と尋(たず)ねてきた。前島は「私は満州に行っていたので知りません」と符牒(ふちょう)=合言葉を返した。以来、毎月1回、歌舞伎座前で会うことになる。
しばらくするとソ連側は「2~3回、歌舞伎座前を往復してください。監視している人がいないか見届けたい」と言い出す。以来、連絡が途絶えた。思い当たる節があった。
「陸軍の下士官軍服にマントを羽織った日本人が、勤め先に来た。『最近、GHQから連絡はありましたか』と聴かれ、GHQ関係者だと思って『時々』と答えてしまった」
次回は《手先》たちの末路に触れる。(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS)