放送法には「放送を公共の福祉に適合するように規律し…」と記載されている。民放連がそれに従って定めた「放送基準」には「民間放送は、公共の福祉、文化の向上、産業と経済の繁栄に役立ち、平和な社会の実現に寄与する…」とし、その上で「健全な娯楽、教育・教養の進展、児童および青少年に与える影響を重視する」とある。
今回の半沢では、不正融資を教唆もしくは黙認した者たちがそこそこの立場で会社員を続ける一方で、不正を暴いた半沢が出向を命じられる。その理由は「やり過ぎで組織の原理を乱した」というもの。
数字が示す通り、そのシーンのインパクトは強烈だったが、大学のゼミ生との議論では「悪いことをしていても会社では見て見ぬふりをするのが無難だ」という意見がかなりあった。社会的不条理と戦った半沢の思いとは裏腹に、視聴者の多くは社会的不条理には目をつぶった方がいいと感じたようだ。
思い出すとこうした筋立てのドラマは多い。だが、その繰り返しが、日本に社会にあきらめを生んではいないだろうか。テレビ関係者も、ドラマの教育的効果について改めて考えてみてほしい。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS)