だんだんゆったりとした気分になってきたところで、二十何年かぶりの『城の崎にて』に話を戻そう。当時は淡過ぎてわからなかったあの物語。実は、もういちど読み返してみたら、感じ入る部分が実に多かったのだ。これだから本の読み重ねは面白い。あの短編で描かれた小さな生き物の3つの死。しかもそのうちのひとつは、主人公が偶然にも奪ってしまった命でもある。そんな生死と、電車事故にあったものの生きている自分の不思議を志賀は城崎の町で感じていたのかもしれない。生きることと死ぬことが、表裏でも二項対立でもなく、静かに一緒くたに混ざりあう感触。もし世の中に森羅万象を語る術があるならば、16ページの中に凝縮した濃厚な命のスープのような小説は、その一端をたしかに担っているように思えた。
そんな志賀直哉が『城の崎にて』を書いた三木屋のライブラリーだが、あえて志賀直哉にとらわれ過ぎないように僕らは気をつけることにした。先人の来歴は尊敬しつつも、本棚というものは過去懐古というより、前向きなものでなければならないからだ。名付けるなら、本を読みたくなる本棚。
堀江俊幸の『本の音』(4)は、本から洩れ伝わる小さな旋律を、静かにすくいあげるような書評集。世界中の豆本を集めた『Miniature Book:4,000 Years of Tiny Treasures』も傍らにはある。そのお隣には、豆本つながり。手塚治虫の著者200冊を縮小したコレクター垂涎ものの『ミニコミ手塚治虫漫画全集』(5)も置いてみた。本を知るための本や、本の制作現場に肉薄した本、装丁についての本、本のある空間の写真集や、図書館を舞台にした漫画やミステリーなど、本から広がる世界のいかに豊かなことか。