その後、欧米側は、生産停止と引き換えに軽水炉の建設技術を提供するなどの「見返り案」を提示したが、合意には至らなかった。この間に国連安全保障理事会はイラン制裁決議を3度採択、イラン包囲網が狭まった。
次の転機は09年。イランは欧米が提案した核兵器転用防止策に原則合意し、保有する低濃縮ウランの大半を国外に搬出して燃料棒に加工する案を受け入れた。合意への機運が再び高まった。しかし、対話と制裁の「アメとムチ」で核開発断念を迫る欧米側にイラン国内の強硬派が強く反発し、実施を拒否。イランはさらにウラン濃縮施設の増設を発表、濃縮度約20%のウラン生産を開始し、緊張が高まった。
10年6月、安保理は4度目の制裁決議を採択。その後もイラン産原油を標的にした制裁を強化し、協議は物別れを繰り返したが、13年8月、核問題解決に意欲を示すロウハニ師が大統領に就任すると、解決に向けた動きが一気に加速した。(共同/SANKEI EXPRESS)