クラスヌィ・ヤール村は、シホテアリン山脈から流れるビキン川沿いの最上流の村だ。
人口はウデヘ族やナナイ族を中心に約700人。周囲にはウスリータイガと呼ばれる密林や湿地が広がる。絶滅が危惧されるアムールトラやオオカミのほか、ヒグマ、ツキノワグマ、カワウソやクロテンが生息し、食料となるイノシシやアカシカなど哺乳類が豊富だ。無数の支流と膨大な倒木を抱いて流れる川では、イトウやコクチマス、カワヒメマスがよく捕れる。
そんなタイガの入口の村には、今も狩猟を生活の軸にしたタフで個性的な猟師が暮らしている。中でも印象的なのが、女性猟師のナジェジダだった。7年前、初めてビキン川を旅した時、当時86歳の彼女の家を訪ねた。
「夫に先立たれてから、もう50年もタイガで狩りをしてきたわ」。木枠のガラス窓から差し込む陽光が柔和な笑顔を照らし、骨太の手に刻まれた深い皺(しわ)が森で生き抜いた長い年月を語っていた。
クロテンを捕る網。すり減ったナイフや手製の鞘。皮用の太い縫い針。彼女が出してきた道具のどれもが体温さえあるような存在感を放っていた。そんな道具を手に訥々(とつとつ)と語られるタイガの話に、僕はどれだけ引き込まれただろう。