10人もの子供を授かり、そして5人を病気で失ったこと。真冬のタイガで狩りをしている最中トラに遭(あ)い、とっさに逃げた話。その時、急斜面を転がってケガをした足が今もまだ痛むこと-。彼女の言葉には、タイガを吹く風と森の匂いがした。
一日ではとても話を聞き足りなくて、村祭りの日にまた家を訪ねた。ハラートと呼ばれるウデヘの晴れ着を着たナジェジダは、真っ黒い動物の毛皮を見せてくれた。
「ツキノワグマよ。私が捕ったの」。僕が驚くと、遊びにきていた近所のおじさんが後ろでほほえむ。民族衣装こそアムール川流域ならではのものだが、2人はまるで僕の近所にもいそうな風貌で、一瞬、昔の北海道にタイムスリップしたような錯覚に陥った。花に囲まれた板張りの母屋のたたずまい。そして野の生きものとの近さ。ナジェジダの家の玄関に流れる空気が、僕にはたまらなく懐かしかった。
残念ながら彼女は数年前に他界し、もう村で会うことはできない。だが僕はタイガを旅していると、今もナジェジダの言葉をふと思い出す。木々や川の流れ、夕暮れの光の中に彼女の姿を重ねている。