無名だけど重要な役
現在私たち夫婦は揃ってウィリアム・シェイクスピアの『マクベス』という作品に携わっている。妻はかの有名なマクベス夫人役として、私は演出として10月から稽古をし、先日12月8日にとうとう幕を開けたのだけれど、この作品の登場人物の一人にロスというのがいる。ロスは物語の舞台となるスコットランドの領主の一人で、実はまったく有名な役ではない。しかしその割にはそこら中の場面に登場しており、しかも極めて重大な場面に関わっている。マクベスが魔女から運命を授かる場面にも遅れて登場するし、マクベスが殺害したバンクォーの亡霊に嘖(さいな)まれる場面、宿敵マクダフの家族が殺される場面にも。更に台詞を読み解くと、あらゆる惨劇を目撃しているということがわかってくる。まるで記録者としてそこにいるのだ。冷静なロスの目は、観客をいたずらに物語に引きずり込むことを食い止める。感情移入という小さな世界に観客を落とし込まないところにシェイクスピアの凄みがある。『マクベス』におけるそういった装置の一つとしてロスの存在があるのではないだろうか。私はそこまでロスを記録者然とはさせなかったが、旅人として位置づけた。旅人には批評眼が備えられるからだ。