序盤は苦しかった。有利な後攻で1点以上が奪えず、追う展開に。だが、第8エンドに胸のすくような大量点が生まれた。丁寧なショットで日本の赤いストーンをハウスにためると、相手がミスを連発。とどめを刺すように、最後に一つ残った黄色い石を小笠原が鮮やかにはじき出すと、カーリングでは珍しい「6」という数字がスコアボードに記された。
小笠原は「夢に向かっている親の姿を子供に見せる機会はなかなかない。最高の形になった」と満面の笑みを浮かべ、船山も「子供の力を借りながらプレーした」と喜びをかみしめた。ともに4歳の子供を持つ2人は北海道常呂(ところ)町(現・北見市)育ちの同級生。中学時代からのチームメートで、トリノ五輪後に2人とも一線を退いた。
衝動に駆られ復帰
09年に小笠原は男児、船山は女児を出産し、「普通の生活」を送っていたが、「夢を追わない生活になって息苦しかった」(小笠原)。3年前、バンクーバー五輪をテレビで観戦していた小笠原は、衝動に駆られるように復帰を決意した。炊事、洗濯をこなし、子供の保育園の送り迎えを夫と分担しながら練習の時間を確保した。「しんどいけど、自分で決めたことだから手を抜いちゃ駄目」と全力で取り組んだ。