サスペンス映画の巨匠、アルフレド・ヒチコック監督。その「恐怖表現」に大きな影響を与えたとされるホロコーストを描いたドキュメンタリーが公開される=1968年撮影(AP)【拡大】
ヒチコックはドイツ軍の降伏前の1945年2月に、友人で後援者のシドニー・バーンスタイン氏(1899~1993年)から要請を受け、場面構成の助言などを行い、全6巻の作品が45年末に完成した。この収容所は、「アンネの日記」を書いたアンネ・フランクが45年3月に15歳で亡くなったことで知られている。
ロンドンの英帝国戦争博物館のトビー・ハギス上級学芸員によると、「連合軍は当初、ドイツ人に自らの残虐行為の責任を認めさせる意味から、早期公開を強く求めた」という。しかし連合軍は最終的に、公開によってドイツ人が屈辱を強いられ、戦後復興に悪影響が出ると判断し、作品はお蔵入りとなった。
その後、80年代に米国の研究者が5巻を帝国戦争博物館で発見。84年にベルリン国際映画祭で公開され、85年5月には米公共放送でも放映された。この時の約55分の映像は1巻分が欠けた不完全版だったうえ、その後の経年劣化で画質が悪くなっていた。そこで、博物館が6巻目も含めたフィルムを最新のデジタル技術を駆使して修復、完全版の復元に成功した。