「太宰ファンの方は、桔梗の間を指名して泊まられますね」
逸話を聞いた。太宰と応対したのは、女将のはなさん。與子さんの祖母だ。
「10日締め」という習慣があった。居続けの客には10日目に代金を一括して請求する。太宰は「手元に金はないが、送金してもらう」とでもいって延泊を頼んだようだ。しかたなく、もう10日泊めた。20日目に請求しても金を払わない。女将はいった。「お帰りください」。太宰は借金のかたに万年筆とフランス語の辞書などを置いていったそうだ。
「それを麻袋に入れて大事に保管していたんです。わたしも(麻袋を)見たことがあります」
ところが、昭和50年代、女将一家の住居が火事。麻袋ごと焼失したという。惜しい。
寒い夜。玉川再訪。湯船に浸かり、宴に臨む。洗練された器。美しい料理。熱い酒を飲む。太宰もまた、こうして酒をあおったのだろうか。(塩塚保/SANKEI EXPRESS)
■逍遥 気ままにあちこち歩き回ること。