いまは楽しい時間ばかりですが、私が大学に入ってすぐに摂食障害になったときは、苦しい時間を支えてくれました。母は「全部、私が守ってあげる」と言ってくれました。母のおかげもあって闘病生活を乗り越え、競技に戻るため、仙台の大学へ出発するとき、母は私が乗った新幹線を店の2階の窓から見えなくなるまで見送ってくれていたそうです。
全日本初優勝から年が明けた1月15日。所属先の邦和スポーツランドのリンクで、報道陣向けに練習を公開しました。その日は地元テレビの夕方のニュースで、私の練習の様子が放映され、母は少し照れくさそうにしながらも、時折うれしそうな表情で常連さんたちと見てくれていたらしいです。
優勝は積み重ねの成果
優勝した日の夜から、友人たちが祝福メールをたくさんくれましたが、私自身は「全日本女王」と呼ばれても、その実感がありません。まずは、バンクーバー五輪に続いて2大会連続で代表に選ばれたことにホッとしました。