確認されているだけで八十数点に上る麗子を描いた劉生の作品は、“親子の合作”ともいえるだろう。すでに知られているように、同じ麗子というモチーフを描きながら、単なる肖像画の域を超え、同じものが一つとしてないほど毎回、新たな表現、画法を試み、時として麗子に似ていない絵も登場した。
精密な描写を好む劉生は、長時間同じ姿勢でいるという酷なノルマを、幼い麗子に課した。麗子は著書「父 岸田劉生」(雪華社)の中で「やがてハイお休みといわれて台を下りる時、足がすっかりしびれていて、まるで自分の足のようでない。足の裏も脛(すね)も棒のようで、よく外でみる馬力車の馬の足にそっくりな気がする」と書いているが、子供心に父親の仕事を中断させまいと我慢していた。
「内なる美」の表現
麗子像の創作は息の長い実験だった。麗子は身近に観察できて愛情を注げる、「内なる美」の表現に格好の対象だった。振り返れば劉生の描いた対象は、娘や知人たち、自宅周辺の風景、静物など身近で、思いを投影しやすいものが多い。劉生が目指した「内なる美」とは、自分の心を、対象物を通して表現したことにほかならないのではないか。それはある意味、文学的でさえある。