写真を志す以前、齋藤陽道がプロレスの門をくぐっていたと知って、ネットで探して見てみた。リングネームは「陽ノ道」だった。私が見たこの試合で、陽ノ道はゴングが鳴るなり体勢を崩され、絞め技に落とされて床をタップ、みるまに降参した。絵に描いたような「瞬殺」だった。
試合終了後、勝者のメッセージが手書きのマジックボードで陽ノ道に伝えられるのが映し出された。試合後の熱狂に似合わぬ奇妙な静寂感。そう、陽ノ道は耳が聞こえない。これは障害者プロレス「ドッグレッグス」での一幕なのである。そこには、なにかさわやかな残酷とでも呼びたい感触が残った。
その後、陽ノ道は齋藤陽道に戻り、2009年には公募の写真展、キヤノン写真新世紀でみごと佳作に入選。あくる年には優秀賞に選ばれ、その名を世に広めた。
健常者との間の「幕」
ちょうどその年から、僕はこの写真賞の審査員を務めていたので、齋藤自身と作品には会場で初めて出会った。審査は、グランプリ候補に選ばれた優秀賞4人が東京都写真美術館のホール壇上に立ち、自分の写真についてひとりひとりプレゼンテーションを行う。その様子も含めて評価の対象となるのだが、齋藤には他の候補者のような「声」がなかった。みずからの手話と代読者を立て、その場に臨んだからである。その後の受賞者歓迎会でも、彼が筆談で審査員や他の受賞者と旺盛に「話し」ていたのをよく覚えている。