日光の東照宮ほど知られていないが、1618(元和4)年ごろ、江戸城の中に、家康の霊廟「紅葉山(もみじやま)東照宮」が建設された。
企画展では、初めて存在が確認された、紅葉山東照宮で使われていた御簾(みす)が初公開される。縦150センチ、横100センチの小ぶりな御簾だが、由緒書もあり、博物館によると、ご神体を納めていた厨子(ずし)の扉の内側にかけられていた御簾だという。
霊廟の法会を行っていた浅草寺伝法院から、1736(享保21)年に岡山県の神主に渡り、さらに10年ほど前、津山郷土博物館(岡山県津山市)に寄贈されていたが、今回の調査で17世紀中期から18世紀初期につくられた御簾と新たに分かった。全体に葵の紋がちりばめられ、麒麟や獅子、天馬の金色のレリーフがあしらわれ、家康の権威や霊廟の豪華さを際立たせている。
江戸城は、17世紀半ばの寛永年間に天守を火災で失っているが、企画展では、1648(慶安元)年に天守をいただいた江戸城を写実した唯一現存の絵「武州州学十二景図」、1871(明治4)年に写真家の横山松三郎が撮影した江戸城の写真ガラス原板計29枚も3回にわたってすべて公開する。