数日後、初日と同じような朝の通勤時間帯に地下鉄に乗った。メキシコの生活に慣れてきて余裕も生まれ、地元の人と目が合うと笑顔で応えることができる。すると、険しかったメキシコ人男性の表情も一気に和らいだ。年配者が乗車すると、どんなに混んでいても必ず若者が席を譲り、大荷物の私にも若い女の子が気を遣ってくれた。初日の地下鉄で、私はよほど鋭い目つきで周囲を警戒し、見えてくる景色も変えていたのかもしれない、と気がついた。
≪「3つの多層文化」の現実≫
メキシコに来て、肌で感じたのは3つの多層文化。1つは、先住民の文化。ずっと昔から息づいていたにもかかわらず、「貧困」の代名詞にもなっている。2つ目は、16世紀にこの地に進出し植民地化したスペインの文化。ラテンアメリカでは、よく街の特徴として「コロニアル(植民地の)」といった表現が使われる。
そして最後は、お隣に位置し、経済的な関係も深い現代のアメリカ文化。アメリカの物質文化を享受できるのは富裕層が中心のため、アメリカ文化にはおのずと高級なイメージがつきまとう。他にも長距離移動で茫漠(ぼうばく)とした景色の中に突如現れる巨大な広告の看板や、地下鉄の車内でよく目にする自己啓発本の広告。商品があふれ、消費をあおるようなスーパーの店内は、アメリカそのものだ。